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2011-03-03

3D思考補助ツール

3次元での思考能力がないと、建築やってられません。
計画案を練る時は2次元の紙の上で鉛筆を動かしながら、あるいは2次元のCAD画面の上をマウスでなぞりながら、頭の中では常に3次元の立体が動いています。
それでもやはり、自分の作っているものを確認する意味で、またはクライアントに理解してもらう上で、3次元のアウトプットを使って検討するのはとても重要です。
オーソドックスなのは模型やパースということになります。
小菅建築研究所では、模型ももちろん作りますが、最近導入した3DのCADソフトを使っています。


例えば、住宅のだいだいの外形やボリュームを3次元でチェックしたいという時、ほんの数十分くらいちょこちょこいじれば、こんな風に簡単なモデルができあがります。


こういう状態から、窓を入れたり屋根の形を変えたり、まるで粘土で彫刻を作るように自由自在に立体の検討ができます。
平面計画と3次元的な形の案が決まったら、テクスチャを貼って、けっこうきれいでリアルなパースも作れます。
手作りの模型と違う点は、圧倒的にスピードが速いこと。特に、調整や変更、作り直しがあっという間です。計画作成の意思決定が格段に早くなりますね。3次元で検討するので、見落としやミスも圧倒的に少なくなります。外形だけでなく、建物内部の空間・内観の検討もできます。
クライアントと打ち合わせするときは、これを使ってムービーを作ったり、きれいなパースを完成させたりしますが、同時に模型も作成してイメージが浮かびやすいようにと、とにかくいろいろなツールを使って内容の理解を深めてもらうのが重要です。
3DのCADの中には、実はもっと高性能なものもあって、高さなどの情報をあらかじめ入力してから平面図を入力すると、勝手に断面・立面・パース、はては確認申請の書類まで作ってくれるようなものもあるのですが、正直それは嫌いです。どうしてかと言うと、あまりにもコンピューターの機能が「おせっかい」過ぎて逆に自由にできることの幅が縛られてしまい、「こういうものが作りたい」というイメージ通りに全然動いてくれなかったりすることが非常に多いからです。
人間の思考が「言語」というツールを支配していると同時に支配されているように、物づくりの発想も、実は使えるツールの自由度に支配されているような気がします。
「こういうものが作りたいんだけど、現状じゃできない。じゃあもういっか・・・・」という感じで、ツールの限界が能力の限界を決めてしまうこともしばしばあるので・・・。やはり道具はあまり高性能じゃなくても、自由な想像力を許容して、ストレスなく仕えるものの方がいいですね。
機能と自由度のバランスって、難しい・・・。

3 コメント:

Unknown さんのコメント...

同感です.いくらデジタル時代になっても手作業の感覚を忘れてしまっては感動する空間はつくれないと思います.バランスですよね.14年間専門学校で講師をしましたが,最近の学生の傾向は手を動かさずにパソコンの画面に酔ってしまう傾向があります,たしかに画面はカッコいい.プレゼンもかっこいい.でも感動しない.コンセプトもイマイチ,そんな時代です.米村

Shuntaro Kosuge さんのコメント...

米村さん
コメントありがとうございます。
そうですね。若い人の思考が表面化して、なんとなく「芯がない」「実体がない」「感動がない」っていう傾向は、ぼくでさえ感じるので、教育者として若者たちを指導してきた方であれば、なおさらそうかもしれませんね。
ゼネコンの時に一緒にリクルーターをやった大学の大先輩も、学生の課題作品を見て、「空間がない」とよくぼやいていました。
建築的に言えば、ぼくらの世代は「ダイアグラム建築」がはやった世代で、まずストーリーや意味、プログラムありきで、形がそれに追従するタイプの思考パターンの影響が強く、時として「自分が建築を作っているのか、システムを作っているのかわからない」感覚に何度か襲われたことがあります。一方では、空間や物質にとことんこだわって作られたようなものにすごく強い憧れの念のようなものもぼくらの世代にはああって、妙な二面性を抱えているのが今の若い人たちなのかもしれません。
ただ、プレゼンだけかっこよくてコンセプトもダメ・・・というはそれ以前の問題で、建築に対するスタンス以前に、やはり思考の密度・強度・深度が十分ではないのかもしれませんね。それがIT化の弊害なのか、人間性の変化なのか・・・そのへんはなんだかわかりません。。。
なんだか出口のない話になってしまいました。。。

Unknown さんのコメント...

小菅さんは,「ダイアグラム建築」世代になるのですね.僕は,ポストモダン世代です.学生時代に磯崎さんの書籍が理解できず悩みました,この難解な文を理解し語れないと建築家になれないのかと.でも語っている連中の作品,なんにも面白くないし魅力ないじゃん,「まず手を動かす」これが原点だと思います.まず建築って美しく魅力がないと!...そんな思考は建築ジャーナリズムには取り上げられません,今でも自分の方向性に悩んでいます.建築って奥が深いですよね.是非ゆっくりとお話ししたいですね.平野さんとも飲み会がありますが....

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